- 発言者
- 平林 晃
- 発言者名(原文表記)
- 平林晃
- 役職(原文表記)
- 未登録
- 発言日
- 2026-04-16
- 会議名
- 衆議院 総務委員会
- 発言種別
- 国会委員会
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 60
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国会委員会
国会会議録検索システムから取得した原文です。要約や言い換えは加えていません。
○平林委員 ありがとうございます。 以上、放送二点について伺ってまいりましたけれども、総論として、インターネットを含めた情報空間全体における放送の在り方は大きな転換期にあると考えております。 そもそも放送法の成立、施行は、共に昭和二十五年、一九五〇年でありまして、この年、テレビ本放送はまだ始まっておらず、戦争で中断していた試験放送が再開されたときでございます。テレビの本放送は三年後の昭和二十八年に開始をされ、東京タワーができたのは昭和三十三年、昭和三十九年にオリンピックということになっているような時代状況です。 昭和二十五年当時は、ラジオ放送の時代であり、東京タワーができる前で、NHK技研の資料などからは、放送局のアンテナから放送波が各家庭の受信機に直接送られていた時代と推察されます。だからこそ、放送法の定義では、放送を、公衆によって直接受信される、間接ではなく直接受信されることを目的とする電気通信の送信となっているのだと理解をしております。 今、この定義を最初に見たとき、僕は何を言いたいのかよく分からなかったんですね。何が直接なんだというふうに思ったんですけれども、時代背景からすれば、こんなふうに理解をさせていただけるということになっております。 今、放送技術は余りに大きく変わっている。電波による送信だけではなくて、インターネットによる配信も当然考慮に入れなければという時代になっています。 こうした技術的観点の一方で、放送法制定の昭和二十五年は、太平洋戦争の終結から僅か五年後である。国民はいまだ敗戦後の混乱と苦しみのただ中にある。当然さきの大戦への様々な思いが国民の心に強く刻まれていたと拝察をするということでございます。 放送に対しても同じであります。戦時中の放送は、政治的に完全に偏っており、事実を全く伝えていなかった、多くの論点の角度を示すこともなかったと認識をしております。もって、国民に塗炭の苦しみを味わわせることになったことに対する深い反省の下に、放送法四条の規律が整えられたと考えます。第一条の放送の普及、表現の自由、民主主義の発達への貢献の三大原則も同様であります。こうした放送における精神は、我が国の財産と言ってもいいかもしれません。 それから三四半世紀が過ぎ、情報空間には偽情報、誤情報が氾濫をし、ファクトとフェイクの見分けがつかない状況になっている。こんな時代においてこそ、放送法におけるこの規律の重要性は一層高まっているのではないかと考えております。 イベントリストにしても、プロミネンスにしても、放送や配信に公権力が様々に関与する体制に親和性が高い、こういうふうに認識しているところもございまして、表現の自由などの価値観を重視する我が国の放送文化には、先ほど局長もおっしゃられたとおり、我々に適した方法というものがあるのではないかと考えるところでございます。 そこで、総務大臣にお聞きをさせていただきます。 技術的には放送も配信も同時に見据えながら、規律という意味におきましては、放送法が持つ政治的公平性だとか、真実性であるとか、多角性であるとか、こういった価値を大切にしながら関連する法制度を見直していくときだと考えますけれども、いかがでございましょうか。
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