- 発言者
- 塩村 あやか[塩村文夏]
- 発言者名(原文表記)
- 塩村あやか
- 役職(原文表記)
- 未登録
- 発言日
- 2026-06-11
- 会議名
- 参議院 内閣委員会
- 発言種別
- 国会委員会
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 55
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国会委員会
国会会議録検索システムから取得した原文です。要約や言い換えは加えていません。
○塩村あやか君 おっしゃるとおりなんです。 戦火によって、結婚は当時は教会でやるとか役所でやるかもしれませんけど、その書類があの激しい戦争の中で焼失してしまっているという状況の方々が多いと。その書類が教会で見付かって、その方々は国籍回復がかなうんですが、あの戦争の状況でありますから、ないという方が多いというのがまず一点と。 そしてもう一点、副大臣におっしゃっていただいたとおり、戦後、日本人と関係があっただけで殺されてしまう時代でございます。自分の父親が日本人であるというふうに分かったらどうかというと、それはもう殺されてしまうわけなんですよ。ここの資料の二の男性の方、丸で囲っていない男性の方なんですが、このサムエルさん、アカヒチさんという沖縄出身の方なんですね、お父様が、この方のお父様も日本人であったということで現地の方に殺されてしまったという形で、フィリピンに残されてしまったのがこの息子さんであるアカヒチ・サムエルさんなわけですね。 なので、焼失してしまっている、戦争で、そしてその後、激しい対日感情の中で、親族であるとか母親たちが、子供が日本人であるということを隠して生きなきゃいけないという形で、その証拠書類であるとかを消滅させるということをしないと生き延びることも難しい時代があったということが大きな原因になってしまっているんです。 つまり、今、日本の裁判所に親子関係を認めてほしいというふうに、DNA鑑定で親子、親族ということが認められているにもかかわらず、それがかなわないというのは、戸籍上の父親であると認められないという、書類が残っていないからどうしようもないというところまで今来ていて、こうした方々が数千人いたんですが、今はもう五十人以下、三十人とか四十人とかそれぐらいまで減っていて、その方々も多くが八十五歳とか六歳になっていて、かなりもう時間の期限が、もう猶予がないという状況になってしまっています。 この数年間、私は毎年フィリピンに行かせていただいて、ダバオの慰霊祭に参加をさせていただいております。最初の年に会った二世の方、無国籍の二世の方とお話をしたときに、早く認めていただきたいと、非常に期待をする形で私とお話しさせていただいたんですが、来日されてみて会ったときには、例えば、もう言葉を選んで言わなきゃいけないかもしれないんですが、誤解を恐れずに言うと、やはりお年を召してきて、少しずつ認知の症状も始まってきていて、そうなってくるとアイデンティティーの回復というものがなされないままになってくるとも考えているわけなんです。 これまで、私、彼ら彼女たちが生きている間に何とぞお願いしたいというふうに申し上げてきたんですが、この数年間見ても、様々なその状況を鑑みたときに、これはもう本当に時間がないと。日本人として生まれてきて、そして日本人学校で育った方も多いわけなんですよね。そうした方々が戦争によって、これ、現地でお父さん、徴用されていますから、これ国策ですよね。なのに、いまだに国籍回復がかなわない人たちがいるというのは、やっぱり私は問題だというふうに考えています。本当に時間がないんですね。 資料の三、見ていただきたいんですが、これはフィリピン・ダバオ、ミンダナオ島ですね、この歴史資料館、これNHKの資料になるんですね。日本軍に徴用された橋本茂さんが家族に宛てた遺書という形で、これまでも何度か国会で引用されている文になります。 これ遺書で、妻のロザリオさんに宛てた遺書になるんですが、なんじもし一身上のことで思案に及ばざることがあれば、これ日本帝国政府ですね、当時ですから、そこに懇願をして援助を受けよと。天皇の国、大日本帝国はすなわちなんじ等の、お子さんも含めて、御家族の父の国にして、同時になんじ等の保護者たること疑いなしという形で遺書を残されて戦争に行って、そして戻ってこなかったという形になっています。 こうした状況を鑑みても、本当に時間がないということを私、重ねて申し上げてきてまいりました。 そこで、官房長官お越しいただいているのでお伺いをしたいと思います。 政府の就籍支援では、一生懸命やっていただいているのは本当に事実で、現地で外務省の方が、大使館の方々、そして領事館の方々が奔走しながら二世たちを支援している姿を私、現地でも見てきて感銘を受けているんですが、現行法ではやっぱりもう限界が来ていて、裁判所は、やはり認知された子供じゃないという形で今回却下しているんですね。でも、どうやって当時の書類がない中でそれを認めるのかと。沖縄にいらっしゃる御家族も早く、ここに、新聞に書いてあるとおりです、彼女を認めてほしいということをおっしゃっているのに、そこに書類がないという理由だけで却下されてしまっている現実がやっぱりあるんです。 やっぱりこれ現行法の限界ではないかというふうに考えているんですが、無国籍の日本人二世の命がついえる前に、そしてそのアイデンティティーがしっかりとある間に、やっぱり日本政府が最後の一人まで私は救っていくべきではないか。もうその数も数十人に限られてきてしまっているわけなんです。 フィリピンとは防衛面での協力も進んでおります。いろいろな問題がある中で、いろいろなものを克服しながら前に進んでという形。現地、戦争で残された皆さん、特措法などで救ってきた、それはフィリピン以外の国ではありますけれども、救ってきた経緯があるというふうに考えれば、現行法の限界を認識して、最後の一人まで救うべきじゃないかと思っています。 私は、特措法が一番、もうそこしかないんじゃないかなと思っておりますが、特措法の考えというのはあるのか。また、それ以外で彼女たちの国籍回復、日本人として生まれてきて、無国籍で今も生きていて、そして日本人としてという、その国籍を回復する手段がほかにもあればお伺いしたいんですが、どうか、今日、支援団体の皆さんも来ております、官房長官に助けを求めたいと思います。御答弁を求めます。
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