- 発言者
- 宇佐美 登
- 発言者名(原文表記)
- 宇佐美登
- 役職(原文表記)
- 未登録
- 発言日
- 2026-03-06
- 会議名
- 衆議院 外務委員会
- 発言種別
- 国会委員会
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 143
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国会委員会
国会会議録検索システムから取得した原文です。要約や言い換えは加えていません。
○宇佐美委員 チームみらいの宇佐美登でございます。 二十一年ぶりに国会に戻ってまいりまして、同じ九三年組初当選の茂木大臣と最初の質疑をやらせていただくということで。また、総理も同じ九三年組ということで。 この前、野田聖子さんとエレベーターでばったり会ったら、大分減ってきちゃったんだよなんという話もあったんですけれども、久しぶりに宇佐美君、来たねなんという声をかけていただいたんですが、久しぶりというにはちょっと長過ぎて、七千四百五十六日なんですが。 というのも、実は、三・一一で、私の父方が福島のいわきというところの出身で、津波でたくさんの親族を失いました。それ以降、復興支援ということで、長らく福島いわき市と東京で行ったり来たりしながら復興支援をさせていただきました。先ほど、お隣の佐々木議員からも宮古の状況もありましたし、福島は本当にまだまだ復興道半ばだということをこの場でもお伝えさせていただきたいと思います。 先ほどニュースが入ってきたのが、来週の十一日の県主催の追悼復興祈念行事に総理も御出席いただくということを聞きましたので、是非、皆さん、この外務委員会の皆さんを含めて、一緒に考えていただけたらと思います。 実は、三・一一の後の余震もひどかったんですね。福島のいわきでは、実は、ちょうど一月後の四・一一で、ほぼ直下型ということで、更に大きな被害があったということも知っておいていただけたらと思います。 我々、茂木大臣もそうですけれども、まず初当選して二年後に阪神・淡路大震災を、一月十七日の朝五時四十六分に受け、東京でも揺れたんですね、あのとき。 そして、次に私、実は二回目に当選したのは二〇〇三年なんですが、二〇〇四年の十月二十三日、中越地震。そのときは、私は実は柏崎の原発の視察に超党派の議員で行っているところで、視察が終わってバスに乗って、降りようとした瞬間に大きな揺れを感じたわけです。翌日、いろいろなところに物資とかを届けるということを、旅館からいただいたものとかを、購入したものをお持ちしたんですけれども。 そして今回の、二〇一一年、東日本大震災。 その後も、熊本もそうですし、昨年の能登ということで、本当に地震が多く、そして今、水害被害も多くなってきていますので、我々は本当に災害対策というものを肝に銘じてこれからもやらせていただきたいと思っていますし、先ほど佐々木議員がおっしゃったように、世界的に、日本の防災とか減災、さらにはその後の対応というものを求めている方々もたくさんいらっしゃるということも、私も全く同感でございますので、これはまた皆さんと一緒に進めていただければというふうに思っています。 さて、今回、イランにおけるアメリカとイスラエルの攻撃があったわけでございますけれども、私は、政治家として常々、最初から申し上げておりますけれども、地球上から戦争をなくすことを目標に活動を続けさせていただいておりますし、日々の政治活動でいえば、雨が降ったら傘を差し出すような、そんな優しい政治をやりたいんだということを常に訴えているわけでございます。 そして、我々チームみらいとしては、未来は明るいと信じられる国へということを訴えて、今回もたくさんの皆さんの御共感をいただいたわけでございます。 この中東情勢の中で、総理は先日、本会議で、外務省内に和平調停専門部署を設置し、能力強化に努めますというふうに御答弁をされました。まさに私は、この和平というもの、調停が必要だと思っておりますので、この部署が本当に有用なものになってほしい。つまり、単なる既存組織の名称変更ではなくて、国際的なプロの調停官を育成そして登用する必要があると思って考えていますが、大臣、いかがでしょうか。
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