- 発言者
- 赤羽 一嘉
- 発言者名(原文表記)
- 赤羽一嘉
- 役職(原文表記)
- 未登録
- 発言日
- 2026-03-09
- 会議名
- 衆議院 予算委員会
- 発言種別
- 国会委員会
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 184
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国会委員会
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○赤羽委員 新党中道の赤羽一嘉でございます。 今日は、予算委員会初の集中審議ということで、高市総理にもお出ましをいただいております。貴重な機会でありますが、与えられた時間は三十分という短時間でありますので、早速でありますが、質疑に入らさせていただきます。 今週の水曜日、三・一一を迎えます。十五年になるわけであります。私ごとでありますが、二〇一二年の十二月二十七日に、第二次安倍政権で安倍総理から、経済産業副大臣、そして東日本大震災の原子力災害現地対策本部長を仰せつかりました。翌月の一月二日から、私は生まれて初めて福島県に足を運んだんですが、それから一年九か月間、百日以上、福島の現場を歩かせていただきました。 私自身、阪神・淡路大震災の被災者でもあり、現場に足を運ばないと被災地の思い、被災者の思いが分からない、その思いで足を運びました。現地対策本部長ですから、被災者に寄り添うという気分で足を運びましたが、当初は、率直に言って、こういう表現が少し、妥当かどうか分かりませんが、政府が加害者、福島県の県民の皆さんは被害者だと。大変殺伐とした状況の中で、本当につらい任務だなというふうに思いながら、何ができるのだろうかということの日々でありました。 避難指示解除ということもありながら、家に帰れるといいながらも、当時は賠償の絡みもあったりして、なかなか時期尚早だとか言われたりとかして大変な中でありましたが、当時の支えは、安倍総理が毎月福島に足を運ばれながら、安倍総理の下で、当時は政府として、今もそうだと思いますが、福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本の再生なし、全閣僚、政務も含めて全員が福島担当の、東北担当の責任者という思いでということを指示を受けておりましたので、その一念で仕事をしてきたところでございます。 十五年もたちますと、どうしても風化と風評の中で、二つの風の戦いということで、率直に申し上げて、総理のというのではないんですが、ここ最近の所信表明演説の中で福島のくだりも非常に淡泊になっておりますし、今日の集中審議でも、福島の質問をされる予定は私一人というふうに承知もしておるところでございます。大変残念なことだと思います。 私は、副大臣の任を終えてからも、党の復興加速化本部の本部長ということで、毎年数次にわたって福島に足を運んでおりまして、先週の土曜日も現地に行って、南相馬市で南相馬市の市長と双葉町、大熊町、浪江町、富岡町という、いわゆる中四町という大変厳しいところの首長の皆さんと、率直に話を伺わせていただきました。 この十五年間で、復興の大前提である、人類史上初のチャレンジでもあります事故炉の廃炉につきましては、関係者の大変な御努力で燃料デブリの試験的取り出しという大変大きな第一歩も踏み出しましたし、中間貯蔵の施設の除去土壌についても、再生利用、政府を挙げて取組も開始がされました。 また、帰還困難区域においても、特定復興再生拠点区域における住民の帰還に向けた取組もようやく開始が成りましたし、また、私自身が提言をさせていただきました福島イノベーション・コースト構想、この中で、国内外の英知の結集によりまして、ロボットテストフィールドには、ドローンですとか空飛ぶ車、ロボット、またロケット、最近は航空宇宙関係のロケットなどのスタートアップがもう百社近くになっているという大変うれしい状況も出ております。 しかしながら、我々が行く直前、福島県議会が今開かれておりまして、浜通り選出の他党の議員さんなんですが、今、浜通りは復興が進んでいるといっていても、燃料デブリが八百八十トン、ALPSの処理水タンクは千基以上、そして、二〇四五年までに除去土壌の搬出をするという約束でありますが、これは東京ドーム十一杯分、また、現在、現時点での避難者は二万四千名、正しくは二万三千四百十名、まだまだなんだというふうに訴えられたということでございます。 また、避難指示が出た福島の十一市町村の人口は、当時は八万八千三百三十人でしたが、現在は約二割の一万七千八百人になっている。直接お会いしました大熊町は千八十六名、九・四%です。双葉町に至っては二百三名、二・八%だという現状でございます。 本当に改めて、この前、足を運んで、やはり私自身ももう一度丁寧に、その中四町ですら大変それぞれの地域で状況が違っている、本当に支援の手はきめ細かく行わなければ被災地の思いにかなわない。それに加えて、やはり私自身が発案したことでございますが、福島イノベーション・コースト構想というのは、もう少し、もっとバージョンアップをして、本当に地元の皆さんの雇用を生み、そして新しい関係、交流人口を増やしていかなければいけない、そう決意をしたところでございます。 政権は替わったわけでありますけれども、我々国会議員もやはり福島、東北の復興に対してひとしく責任を担っているというふうに、私はそう思っております。そうした思いがあるのかどうか、総理のこれからの福島復興、東北の復興の課題の認識と御決意をお伺いしたいと思います。
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