- 発言者
- 松沢 成文
- 発言者名(原文表記)
- 松沢成文
- 役職(原文表記)
- 未登録
- 発言日
- 2026-04-14
- 会議名
- 参議院 外交防衛委員会
- 発言種別
- 国会委員会
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 172
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国会委員会
国会会議録検索システムから取得した原文です。要約や言い換えは加えていません。
○松沢成文君 私は、今回パキスタンが果たした役割こそ日本が果たすべきだったと思いますよ。日本はアメリカの同盟国です。そして、中東諸国、特にイランとは歴史的に長い友好的な付き合いをしている。その間に入って、これ日本の国益にも重大な案件ですので、日本がそれぐらいの動きをしてほしかったなというふうに思います。 二番目の質問抜きまして、三番目に行きます。 これ、日本のこれまでの中東外交は、いろんな成果上げているんですよ。 まず、一九九〇年の湾岸危機のとき。これ、イラクのフセイン大統領は現地の日本人を人間の盾として人質にしたんです。政府の公式外交が手詰まりとなる中で、中曽根委員のお父さんであります中曽根元総理が特使としてバグダッドに飛んだんです。そして、フセイン大統領との直接対話を実現させて、結果として、日本人七十四名の人質全員解放を勝ち取ったんです。元総理という政治的なウエートが独立国家のトップを動かしたわけですね。 まだまだあります。二〇〇一年のアメリカの同時多発テロのときや、あるいは二〇一三年のイラク核開発危機のときなど、米国とイランの対立が極限に達した緊迫期はこれまでにもあったんですが、そのときは、高村正彦さん、外務大臣、防衛大臣、自民党副総裁を務めて、そして日本・イラン友好議員連盟の会長も務めていた高村さんが、自民党総裁特使という形でしたけれども、実質的には政府特使として派遣されて、同盟国、米国の意向も踏まえつつ、長年、踏まえつつ、両国間の対話の窓口を水面下で維持、構築して頑張ったんですね。そして、テヘランで歴代大統領や指導部クラスとのトップ会談を次々と実現させるとともに、孤立しがちなイランを国際社会の対話の枠組みに引き止めて、そして、後のイラン核合意へとつなげる地ならしをしたんです。すばらしい成果ですよ。これらは、日本独自の立ち位置を最大限に生かした特使外交の代表例とも言えると思います。 さあ、大臣、今回の中東危機でなぜ特使を派遣しないんでしょうか。こうした特使による能動的な積極外交の経験があり、成果を収めているのに、日本はなぜ今回それをやらないのか。その理由を教えてください。
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