- 発言者
- 小野寺 五典
- 発言者名(原文表記)
- 小野寺五典
- 役職(原文表記)
- 未登録
- 発言日
- 2026-06-25
- 会議名
- 衆議院 本会議
- 発言種別
- 国会本会議
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 5
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国会本会議
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○小野寺五典君 初めに、今朝発災いたしました青森県を中心とする地震の被害に遭われた北海道、東北地方の皆様に心からお見舞いを申し上げます。 ただいま、院議をもって永年在職表彰を賜りました。議会人として大変光栄に存じ、心より厚く御礼申し上げます。 地元の皆様、後援会の皆様、党の仲間や先輩諸君、特に、国政に携わってきました皆様、事務所スタッフ、そして、何より家族。振り返れば、本当に多くの方々のお支えがあって今日まで歩んでまいりました。改めて、心から感謝申し上げます。(拍手) 私は、宮城県気仙沼市の小さな旅館の息子として生まれました。気仙沼は水産の町です。浜が魚の大漁に沸くと、町はにぎわい、旅館も繁盛。子供の頃は、漁船が沖へ向かう姿を岸壁から眺めるのが楽しみでした。 私が政治を初めて意識したのは高校時代です。郷里気仙沼に、当時内閣総理大臣であった鈴木善幸先生がお見えになり、お会いする機会をいただきました。地方の一高校生だった私にとって、この陸の孤島と言われた三陸の地から総理大臣が誕生したことは、大きな喜び、驚きでありました。鈴木総理と握手をしていただいたときの緊張と高揚感は、今でも鮮明に覚えております。 憧れもあり、私は、鈴木総理の母校であります東京水産大学に進み、卒業後は水産資源の調査研究に携わりました。しかし、当時は、二百海里規制により日本漁船が世界の海から締め出され続けた時代でありました。郷里の気仙沼においても、町のにぎわいが失われ、家業が倒産し、気仙沼を離れていく同級生の姿も多くありました。 命を懸けて魚を捕り、家族や地域を支えている人たちが、国の政策や外交によって苦しい立場に置かれている。額に汗して真面目に働く人が報われない現実。この経験が、私が政治を志す原点となりました。 その後、三十七歳で国政に送り出していただきましたが、私の政治人生は決して順風満帆ではありませんでした。初盆に、線香を手に地域を歩き、お世話になった方々のお宅を訪ねて回りました。感謝の思いではありましたが、このことが公職選挙法違反に問われ、私は、その責任を取り、議員辞職という判断をいたしました。応援してくださった皆様への申し訳なさは、今でも忘れることができません。 辞職後は、再就職もままならず、アルバイトなどで過ごす日々が続きました。自分にはもう政治に携わる資格がない、そう思いながら塞ぎ込んだ日々を過ごしていたところ、同級生からこんな声をかけられました。五典、おまえは政治を諦めたのか、何でおまえは政治を志したんだ。そして同時に、私の弟と元秘書が、魚の行商をしながらかつての後援者を回り、私の再起のために頭を下げていることを知りました。 もう一度だけ挑戦しよう、そう思いましたが、既に後援会はなく、当然マスコミの評価も厳しい。有権者の皆さんからのお叱りも覚悟しておりました。ところが、選挙が始まり選挙カーを走らせると、多くの皆さんが手を振り返してくれました。涙を浮かべて励ましてくれた方、中には、選挙カーを追いかけ転んでサンダルが脱げてもはだしで駆け寄ってくる方もおりました。その姿に接するたび、私は何度も救われました。地元の皆さんは、私を見放すことなく、もう一度挑戦する機会を与えてくれました。今日こうして国政の場で仕事をさせていただけるのは、あのとき支えてくださった皆さんのおかげです。 今でも、朝、議員バッジをつけるたびに、思い出す言葉があります。初当選のとき、加藤紘一先生からいただいた言葉です。五典君、この議員バッジの裏にはたくさんの細い線がついている、その一本一本が地元の皆さん一人一人につながっている、議員バッジは地元の皆さんの声を国政に届けるための集音マイクなんだ。私は、今でもその言葉を大切にしております。 そして、忘れることができないのは東日本大震災です。ふるさと気仙沼も、未曽有の被害を受けました。そこで目にしたのは、深い悲しみの中にあっても、互いを支え合い、前を向こうとする人々の姿でした。苦しい中でも誰かを気遣う心を忘れない人がいる、自ら被災しながら周囲を励ます人がいる。その姿に接するたびに、私自身が励まされ、政治の果たすべき役割を改めて考えさせられました。そして、地域を守り、この国を守り、人々の暮らしを守り抜かなければならない、その使命を改めて胸に刻みました。 その後、防衛や外交を始め様々な分野で仕事をさせていただきました。政治とは、困難な課題から逃げず、人々の暮らしを守り、この国の将来に責任を果たすこと、平和で安全な日本を次の時代へ引き継ぐこと、その思いを胸に今まで歩んでまいりました。 私の座右の銘は「一隅を照らす」であります。振り返れば、鈴木善幸先生との出会いも、加藤紘一先生からいただいた御指導も、地元の皆さんからいただいた励ましも、震災の中で出会った多くの方々の姿も、私の歩む道を照らしてくださいました。 本日、永年在職表彰という節目を迎え、改めて思うことがあります。私が政治を志した原点は、額に汗して真面目に働く人が報われる社会をつくること。そのことを忘れず、これからも、一つ一つの仕事に誠実に向き合ってまいります。 本日は誠にありがとうございました。(拍手) ――――◇――――― 日程第一 電気事業法の一部を改正する法律案(内閣提出)
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