- 発言者
- 片山 さつき
- 発言者名(原文表記)
- 片山さつき
- 役職(原文表記)
- 財務大臣・内閣府特命担当大臣(金融)
- 発言日
- 2026-04-22
- 会議名
- 参議院 財政金融委員会
- 発言種別
- 国会委員会
- 国会回次
- 第221回
- 発言番号
- 105
国会委員会
参議院 財政金融委員会での発言
片山 さつき(財務大臣・内閣府特命担当大臣(金融))
発言全文(原文)
国会会議録検索システムから取得した原文です。要約や言い換えは加えていません。
○国務大臣(片山さつき君) ちょっと委員がおっしゃったようなストーリーの流れとは大分違うものを、私は当時大蔵省、まだ当時大蔵省だったものですから、におりまして経験をしておりまして、まず、日本の地価がバブルの崩壊で短期間に非常に極端に下がり、不動産融資への依存が日本の金融機関において非常に高かった。担保主義でございましたし、その担保の見積りも非常に高かったものですから、ほぼ不良債権になるというお話は九二、三年ぐらいからありまして、それは当然、大蔵省から官邸にも申し上げたし、それから経済界にも申し上げたんですけれども、率直、御理解は得られませんでした。そのときに処理していたらなというふうに私は今政治家として思います。しかし、民主主義ですから、認められなかったものは認められなかったんでございます。 それで、ずうっと何とかできるだけ処理をしなければということを考えた人が大蔵省にもいまして、その方が、住専という全ての不良債権が全部凝縮されたノンバンクで、一応、銀行とは、あるいは農中とは別になっている七社を処理することにして、そこで初めて六千八百五十億円という一般会計からのお金を要求したんですが、それが何か月掛かったかと、国会で。住専国会のときにいらっしゃったって上田委員ぐらいじゃないかと思いますけど、もうとにかく大変なんですよ。あの当時の大蔵省の周りは街宣車で取り囲まれましたし、事実です。 それから、国会においても、座込みや、何回も延長していろんなことが行われて、通常ではなくて、とにかくけしからぬと、国民のタックスマネー、タックスペイヤーズマネーをそういったことに入れること自体が許せないということで、結局、最後、六月か七月になってやっと、予算自体もそこまで行きまして、暫定を補正したんじゃないかな。それで、補正予算の総則に、あっ、その予算の総則に書いてあった住専の文章を直したんですね。それが戦後こういうふうになってから初めての予算修正ですね、最近は頻繁に予算修正しておりますが。ということぐらいのときに私は主計局から銀行局に上司とともに移ったんで、それは全部見ておりますが、そもそもそこにコンセンサスがないんですよ。つまり、金融機関に公的資金を入れることが何より難しかったんです。だから、金融機関に入れとけばという思想はないです。 そのときにはまだ顕在化していなかったんですけど、よく考えたら、その不良債権が不良になるということは、借りて物をおつくりになったところの収支の見通しが甘いんですよ。そこで、三大業種というのがあって、それがおっしゃられたゼネコンさんと不動産さんと商業施設のディベロッパーさんで、全部こんなに離れていたわけで、それが今お名前をお挙げになられたゼネコンさんだけではなくて、かなり多く、まあ廃業したところもありましたし、買われたところもありましたし、すさまじい数の処理がその数年間でかなりの年を兼ねて行われていったという事実がありまして、それは二〇〇〇年代までずうっと続いておりましたので。 その中小企業の貸し剥がしが起きたのは、この間も議論になりましたけど、北海道拓殖銀行、三洋証券、山一証券ですか、そのショックの後、地銀では大臣のお膝元の徳陽シティも資金がもたなくて破綻しましたが、その前後ぐらいですけど、要するに、信用不安が金融システムを襲ったので、自分の身を守るために大変なことが行われまして、全ての金融機関が大から中小までそういう行動に走ったので、これは、たとえ金融機関があんまり好まれていないので公的資金なんかとんでもないということとは別に、信用機構を守らなければならないんだということを国民の皆様と政治の方がお気付きになってやっと、ちょっと時間を置いてから住専ではない形の公的資金の投入を仕方がないからしようというふうに当時の与野党がある程度お話をされて、順を追ってやっていたんですが、金融機関の方がそれをしたら自分たちは大変なことになるんじゃないかというので受けてくれませんで、最初は奉加帳になって、その後必要額になってと、これも何段階にもなったので。 今言ったようなストーリーが成り立つのは、逆に何も制度がなかったときに、自分を守るために大から中小まで全部にある程度の貸し渋りがあった。それよりももう少し後からゼネコンなんかの問題って出てきたというのを私は記憶しております。
情報源
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